強面の知覚的優位性

怒っている人たちの中から、一人だけ笑顔の人を探し出すのに比べ…

笑顔の人たちの中から、一人だけ怒っている人を探し出すのは簡単。
という(様な)知見が得られていますが、この画像でその効果が再現できているかどうか…
Öhman, A., Lundqvist, D., & Esteves, F. (2001). The face in the crowd revisited: A threat advantage with schematic stimuli. Journal of Personality and Social Psychology, 80(3), 381-396.
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目は口ほどにものを言い?

上の二枚の画像、左は微笑んでいますが、右はムスっとしたケンシロウみたいな口をしています。
が、
注意してみていただきたいのは、口の部分ではなく、目です。
左の顔と右の顔の目が、微妙にちがっているのが分かるでしょうか?
口の部分と同じで、左の顔は微笑んでいる目、右の顔はムスっとした目をしています…よね?
二つの顔画像は、もともと全く同じもので、いじったのは口の部分だけです。
つまり、目の部分に違いはありません。
しかし、口の部分の違いにひっぱられて、目の部分も違うように感じられてしまうんですね。
この現象を、composite face effectといいます。
顔の下半分を隠した状態で、二つの顔を比較してみてください。
目の部分には、何の違いも無いことが確認できると思います。
もう一度、口の部分が見えるようにして比較すると、実際には目の部分に違いは無いんだ、という知識を得た後でも、やっぱり違って感じられることでしょう。
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倒立効果:2nd order configural information

ひっくりかえっていますが、同じ顔が4つ並んでいます。
…嘘です。
4つの顔は、全く同じ顔ではなく、どこかが違っています。
どこが違うでしょうか?
回答は以下に。

4つの顔を普通の向きにしたのがこれです。
Aの顔が元の画像です。
Bの顔では、口を鼻に近づけてあります。
Cの顔では、両目の間隔を広げてあります。
Dの顔では、目と眉の間の距離を広げてあります。
違いに気づいたでしょうか?
いま見ている物が顔かどうかを判断する際、我々の脳は、顔面パーツの間の大ざっぱな関係(一次の布置情報)だけを問題にしているようです。そのため、実際には顔ではない物体も、顔っぽく見えてしまうことがあります。
しかし、顔と顔の間の区別をするためには、一次の布置情報だけでは不十分で、もっと詳細な違いまで識別する必要があります。
顔パーツの間の、具体的な(定量的な)は位置関係についての情報を、二次の布置情報などと呼ぶことがあります。我々の脳は、二次の布置情報の違いに対して、非常に高い感受性を持っているため、大勢の人の顔を区別することが出来ます。
しかし、そのような高い感受性を発揮できるのは、顔が普通の向きになっているときに限られていて、上下ひっくり返しになると、違いがあんまりよくわからなくなってしまいます(顔の倒立効果)。
上下ひっくり返しにしなくても、普通の向きの状態から45度〜90度くらい傾けるだけで、顔の倒立効果が顕著に生じてくるようです。
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ジャンバとプリークリー

この顔を見ていると、なんだか目の焦点が合わないような、嫌な感じがすると思います。
こんな顔の明王がいますよね。
Mind Hacksには、脳が困っている状態だ、というような主旨の解説がちょっとだけ書いてありました。

リロ&スティッチに登場する宇宙人のジャンバは、目が横方向に4つならんでいて、これも非常に見づらいんですよね。どの目を見たらいいのかよくわからなくなって、(自分の)目がちらちらしてしまいます。

一方、目が一つしかない宇宙人のプリークリー。
不気味かどうかということは置いておくと、少なくとも「ちらつく」「焦点があわない」といったような見づらさは感じられません。
私だけでしょうか?
ジャンバ(および明王)とプリークリーの間で、「見づらさ」に違いがあるとしたら、それは何を意味しているのでしょうか?
もしかすると、脳が行っている、顔面パーツの数のチェック機構の性質を反映しているのかもしれません。
ある顔を観察したとき、二つの目が見えます。
しかし、顔を横から見たら、一つの目しか見えません。
顔を正面から見ても、ゲゲゲの鬼太郎みたいに髪の毛で片目が隠されていることもあり得ます。
場合によっては、両方の目が隠れて見えなくなっていることもあり得ます。
つまり、日常場面で他人の顔を観察すると、目の数は、0、1,2個のどれかだということになります。
これに対して、特殊メークをしているとかいうので無い限り、3つ以上の目を持っている顔に遭遇することは、普通はありません。
もしかすると、我々の脳は、目の数をチェックするときに、0,1,2個のどれかだ、ということはチェックするんだけれど、3つ以上の目が存在する状況を想定していないのかもしれません。
つまり、上に挙げた明王やジャンバの様に、本当は4つの目がある顔なんだけれども、最大値の2個の目だ、という前提で顔の分析をしてしまっている。
そのような前提が、実際に見えている目の総数(=4)と食い違ってしまっているため、焦点が合わないような、ちらついているような、見づらさを生み出しているかもしれません。
この話、ちゃんと考えたら、まじめな研究プロジェクトになるんじゃないでしょうか。
士郎正宗のアップルシードに登場するサイボーグのブリアレオスは、上の明王タイプの様な感じで、目が4つ(少なくとも4つ)ある顔になっています。そのような、サイボーグ(高機能障害者)を、街中で普通に見かけるような未来社会の到来に備え、サイボーグとのコミュニケーションの問題を考える上で、基礎的な心理学的データを蓄積しておくことは有益であると思われるのであーる。
だれか研究費ください(^^;
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聖骸布

この写真に、「顔」というタイトルがついていたとしたら、なぜ「顔」なのか、疑問に思う方が多いことでしょう。
しかし、この写真を上下ひっくり返して見ると…

なんとなく言いたいことが分かるのではないでしょうか。
実はこれ、うちの娘が布団に突っ伏して泣いた直後に出現した聖骸布です(^^
我々の脳は、模様のついた葉っぱや、その他いろいろな抽象的パターンを人間の顔として見なしてしまうクセをもっています。
なんでもない写真を、心霊写真だということにしてしまうのも、このようなクセがあるからなのでしょう。
このようなクセは、ある物体が「顔かどうか?」ということを判断する際にどんな情報を脳が使っているのか、ということを反映していると考えられます。
おそらく、顔パーツの大ざっぱな位置関係についての情報だけを使っているのでしょう。
そのような大ざっぱな情報の事を、一次の布置情報 (1st order configural information)などと呼んだりすることもあります。
また、一次の布置情報は、「顔」が上下ひっくり返っている場合には、検出が困難であるようです。
上の聖骸布の例では「鼻」が欠けていますが、鼻っぽいものも含むパターンの場合、
「口」の上に「鼻」があり、「鼻」の右上と左上に「目」がある
というのが一次の布置情報ということになりそうです。
記述の中に、「〜の上に」という方向の記述が含まれていることに注意してください。
「顔」が上下ひっくり返しになると、顔パーツ(っぽいもの)の位置関係が、この方向記述に反することになります。
そのため、上下ひっくり返しにすると、「顔」の検出が困難になるのだ、と解釈できます。
これも顔の倒立効果の一種といって良いでしょう。
Maurer, D., Grand, R. L., & Mondloch, C. J. (2002). The many faces of configural processing. Trends in Cognitive Sciences, 6(6), 255-260.
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たまきちさんの顔がいっぱい

(Nikon D80 + 105mm単焦点マクロ)
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サッチャー錯視
顔が倒立していると、「ちょっと変な顔」
正立状態で観察すると、「かなり変な顔」
Thompson, P. (1980). Margaret Thatcher: A new illusion. Perception, 9, 483-484.
顔の倒立効果 (face inversion effect)の一種と言える。
ある一定の回転角を境に、「ちょっと変」と「かなり変」の間で急激に印象が切り替わるという説と、回転角に伴って徐々に変化していくという説がある。
Lewis, M. B. (2001). The Lady's not for turning: Rotation of the Thatcher illusion. Perception, 30(6), 769-774.
Stürzel, F., & Spillmann, L. (2000). Thatcher illusion: Dependence on angle of rotation. Perception, 29, 937-942.
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でっぱってる?へっこんでる?

この画像は、左がへっこんだ面、右がでっぱった面を描いた物である、とされる画像です(例えばRamachandran, V. S. (1988). Perception of shape from shading. Nature, 331(6152), 163-166.)。
人間は画像を見たとき、光源が上の方にあると仮定する強い傾向があります。そういう前提で考えると、この画像は、たしかに左がへっこんだ面、右がでっぱった面を表している、と
理解する
ことが出来ます。
しかし、ここで問題にしたいのは、
どう感じるか、
です。
どう感じるか、ということになると、左がへっこんだ面、右がでっぱった面とは感じられない人がいるようなのです。
実は私もそういう人の一人です。
ご自分が「どう感じるか」を下の投票フォームで回答してみてください。
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あしゅら男爵は男か?女か?
下の2枚の顔画像AとB、なんだか変な顔ですがそれぞれの性別を直感で判断してみてください。

どのように感じたかを、下の投票フォームで回答してください。
上の画像は、男性と女性の平均顔(それぞれ16名の平均)を元にして作ったキメラ顔です。
Aの顔は、左半分が男性で右半分が女性です。
Bの顔は逆に、左半分が女性で右半分が男性です。
このように男女が交じり合った顔(=キメラ)なので、性別の判断が難しかったわけです。
AとBの顔の左右どちらかの半分を手で覆い隠して観察すると、性別の違いがはっきりとわかると思います。
マジンガーZに登場するあしゅら男爵は、Bの顔の配置で男女が交ざったキャラクターでした。
さて、
このキメラ顔の性別、どのように感じられたでしょうか。
実はこの話、元ネタはBurtさんとPerrett先生の研究です。
BurtさんとPerrett先生が行った研究では、7割弱の場合に、向かって左側の部分の性別が、それぞれの顔の性別として判断されたそうです。
上に挙げた例だと、Aの顔を男性として判断し、Bの顔を女性として判断するのが、多数決で言えば勝ち、ということになります。
このような判断傾向は何を意味しているのでしょうか?
顔の中心付近を見つめた場合、向かって左側の部分は視野の左半分、向かって右側の部分は視野の右半分に見えることになります。
脳が左右に分かれているという話を聞いたことがあると思いますが(右半球と左半球)、視野の左半分に見えた物は、右半球に送り込まれて分析され、視野の左半分に見えた物は、左半球に送り込まれて分析されます。
このことから、向かって左側の部分(左視野)に基づいて性別を判断した人は、性別判断において、右半球の方が優性になっている可能性があると言えます。
逆に、向かって右側の部分(右視野)に基づいて性別を判断した人というのは、左半球の方が優勢になっている可能性があるということです。
Burt, D. M., & Perrett, D. I. (1997). Perceptual asymmetries in judgements of facial attractiveness, age, gender, speech and expression. Neuropsychologia, 35(5), 685-693.
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Aの顔は、左半分が男性で右半分が女性です。
Bの顔は逆に、左半分が女性で右半分が男性です。
このように男女が交じり合った顔(=キメラ)なので、性別の判断が難しかったわけです。
AとBの顔の左右どちらかの半分を手で覆い隠して観察すると、性別の違いがはっきりとわかると思います。
マジンガーZに登場するあしゅら男爵は、Bの顔の配置で男女が交ざったキャラクターでした。
さて、
このキメラ顔の性別、どのように感じられたでしょうか。
実はこの話、元ネタはBurtさんとPerrett先生の研究です。
BurtさんとPerrett先生が行った研究では、7割弱の場合に、向かって左側の部分の性別が、それぞれの顔の性別として判断されたそうです。
上に挙げた例だと、Aの顔を男性として判断し、Bの顔を女性として判断するのが、多数決で言えば勝ち、ということになります。
このような判断傾向は何を意味しているのでしょうか?
顔の中心付近を見つめた場合、向かって左側の部分は視野の左半分、向かって右側の部分は視野の右半分に見えることになります。
脳が左右に分かれているという話を聞いたことがあると思いますが(右半球と左半球)、視野の左半分に見えた物は、右半球に送り込まれて分析され、視野の左半分に見えた物は、左半球に送り込まれて分析されます。
このことから、向かって左側の部分(左視野)に基づいて性別を判断した人は、性別判断において、右半球の方が優性になっている可能性があると言えます。
逆に、向かって右側の部分(右視野)に基づいて性別を判断した人というのは、左半球の方が優勢になっている可能性があるということです。
Burt, D. M., & Perrett, D. I. (1997). Perceptual asymmetries in judgements of facial attractiveness, age, gender, speech and expression. Neuropsychologia, 35(5), 685-693.
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視線方向残効
(改訂版)

完全に左右対称に作ってある顔画像です。
この顔の視線がどこに向いているかに注目すると、ほぼ真っ正面(あなたの顔の真ん中)を見ていることがわかると思います。
もしかすると、視線が多少右か左にそれているように感じられるかもしれません。でも、わずかだと思います。

この顔は、明らかに、向かって右の方を見ています。
顔の大きさが少し小さくなっているのは気にしないでください。
さて、(向かって)右の方を見ているこの顔の目の辺りを1〜2分、じーっと見つめ続けてください。
そして、1〜2分経過したら、正面(こっち)を見ていた最初の顔をもう一度見てみましょう。
ほぼ正面を向いていた視線が、向かってやや左を向いているように感じられなかったでしょうか。
ただし、2枚目の顔に比べると、正面からの視線のずれは少なくて、せいぜいあなたの左耳あたりを見ているような感じじゃないでしょうか。
はっきりとある方向に視線を向けている顔を、一定時間見つめ続けたとします。
すると、その直後には、真っ正面を見ているはずの顔の視線が、見つめ続けた顔の視線とは逆方向を向いているように感じられます。
この現象を視線方向残効といいます。
しばらく時間が経つと、この効果は消滅します。

では、今度は、あきらかに向かって左の方を見ているこの顔を1〜2分見つめてみてください。
こんどは、真っ正面を向いている顔が、あなたの右耳の辺りを見ているように感じられると思います。
私が発見した現象ですが、
Seyama, J., & Nagayama, R. S. (2006). Eye direction aftereffect. Psychological Research, 70(1), 59-67.
ほぼ同じ現象を報告している論文が、同じ年に別の研究グループによっても発表されました。
Jenkins, R., Beaver, J. D., & Calder, A. J. (2006). I thought you were looking at me: Direction-specific aftereffects in gaze perception. Psychological Science, 17(6), 506-513.
不思議ですね。
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完全に左右対称に作ってある顔画像です。
この顔の視線がどこに向いているかに注目すると、ほぼ真っ正面(あなたの顔の真ん中)を見ていることがわかると思います。
もしかすると、視線が多少右か左にそれているように感じられるかもしれません。でも、わずかだと思います。

この顔は、明らかに、向かって右の方を見ています。
顔の大きさが少し小さくなっているのは気にしないでください。
さて、(向かって)右の方を見ているこの顔の目の辺りを1〜2分、じーっと見つめ続けてください。
そして、1〜2分経過したら、正面(こっち)を見ていた最初の顔をもう一度見てみましょう。
ほぼ正面を向いていた視線が、向かってやや左を向いているように感じられなかったでしょうか。
ただし、2枚目の顔に比べると、正面からの視線のずれは少なくて、せいぜいあなたの左耳あたりを見ているような感じじゃないでしょうか。
はっきりとある方向に視線を向けている顔を、一定時間見つめ続けたとします。
すると、その直後には、真っ正面を見ているはずの顔の視線が、見つめ続けた顔の視線とは逆方向を向いているように感じられます。
この現象を視線方向残効といいます。
しばらく時間が経つと、この効果は消滅します。

では、今度は、あきらかに向かって左の方を見ているこの顔を1〜2分見つめてみてください。
こんどは、真っ正面を向いている顔が、あなたの右耳の辺りを見ているように感じられると思います。
私が発見した現象ですが、
Seyama, J., & Nagayama, R. S. (2006). Eye direction aftereffect. Psychological Research, 70(1), 59-67.
ほぼ同じ現象を報告している論文が、同じ年に別の研究グループによっても発表されました。
Jenkins, R., Beaver, J. D., & Calder, A. J. (2006). I thought you were looking at me: Direction-specific aftereffects in gaze perception. Psychological Science, 17(6), 506-513.
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歪む真円
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心霊現象?!

色のおかしな上の顔写真を30秒から1分ほど見つめ続けてください。
ただし、目を一点に固定してください。中央の黒い点を凝視するようにすると良いです。
その後、下の一様な灰色の領域に目を移してみてください。
…こ、怖っ!
明るさの残効と色の残効を利用した遊びです(^^
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カフェウオール錯視
ずいぶん前に、AfterDark (スクリーンセーバー)のオリジナルモジュールコンテストに応募したところ、最終選考まで残った(画面写真がちーっちゃくMacPower誌に掲載)。
そのときの作品をFlashで再現してみたのがこれ。
図の構成要素は、垂直線と水平線だけだが、ある配置のときに、水平線が斜めに傾いて見える。
Gregory, R. L. (1972). Editorial contribution. Perception, 1, 492.
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探索非対称性
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののぬのののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
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「の」の中から「ぬ」を探し出すのに比べ、
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のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののぬのののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
のののののののののののののののののののののののののの
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
ぬぬぬぬぬのぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
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ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
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われはゾンビー
I, Zombie
という変なタイトルの論文を偶然見つけたので、目を通してみました。
哲学的ゾンビーについての論考で、結論から先に言うと
「そんなしょーもないもんについて考えるのはやめよう」
ということのようです。
ヤンバルの森で初めてアカヒゲに遭遇したバードウォッチャーは、きっと喜びの表情で、「きれいな赤だねえ」などと言ったりするのでしょう。そのとき、彼の中には、「うれしい」「きれい」という感情に対応する意識体験があるでしょう。
また、アカヒゲの赤を見たことで、青や緑などの色を見たときとは違う、独特の体験、いわゆるクオリアを感じていることでしょう。

しかし、哲学的ゾンビーは違います。
哲学的ゾンビーは、分子レベルに至るまで、通常の人間と全く同じですが、意識的体験を持たず、クオリアを感じることもないのです。
哲学者の間では、そのような存在についていろいろな議論がなされているようです。
といっても、そういう奇妙な存在が実際にいるのかどうか、なんてことを議論しているのではなく、哲学的ゾンビーの存在を前提にすると、意識やクオリアについて何が言えるのか、ということをあーだこーだ論じているんですね。
さて、
哲学的ゾンビーがヤンバルの森でアカヒゲを見ると、通常の人間と全く同じような脳内過程が生じます。その結果、喜びの表情で、「きれいな赤だねえ」などと言ったりします。
しかしそれは機械的反応が生じているにすぎません。
が、
哲学的ゾンビーも、
「私たち普通の人間は、意識的体験を持っているし、赤い色を見たら、赤に特有のクオリアを感じるじゃないですか。でも、哲学的ゾンビーはそうじゃないんですよね。」
などと、哲学的ゾンビーについて解説することでしょう。
これが何を意味するかというと、
私たちは、自分自身が哲学的ゾンビーなのか、それとも普通の人間なのか、まるで区別がつかない、ということです。Skokowskiによれば、ですが。
こう言われると、
「いや、そんなことはないでしょ。だって、現に私は意識体験を持っているし、赤い色を見ればちゃんとクオリアを感じるし」
と反論したくなるかもしれません。
でも、哲学的ゾンビーもそういう風に反論するんですよ。
結局、
普通の人間と哲学的ゾンビーについて区別することは不可能で、そんなしょーもないもんについて考えるのはやめましょうよ、
と、Skokowski先生はおっしゃっているのかな、と私は理解しました。
あー難しい。
Skokowski, P. (2002). I, zombie. Consciousness and Cognition, 11(1), 1-9.
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オンラインで参加できる心理実験の被験者を必要としています。下のアイコンをクリックすると実験内容を説明しているページが開きます。5分から10分程度の間、簡単なゲームのようなことをしていただいています。どうか御協力ください。

または東大文学部サーバーのページへどうぞ:http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~seyama/explist.html
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という変なタイトルの論文を偶然見つけたので、目を通してみました。
哲学的ゾンビーについての論考で、結論から先に言うと
「そんなしょーもないもんについて考えるのはやめよう」
ということのようです。
ヤンバルの森で初めてアカヒゲに遭遇したバードウォッチャーは、きっと喜びの表情で、「きれいな赤だねえ」などと言ったりするのでしょう。そのとき、彼の中には、「うれしい」「きれい」という感情に対応する意識体験があるでしょう。
また、アカヒゲの赤を見たことで、青や緑などの色を見たときとは違う、独特の体験、いわゆるクオリアを感じていることでしょう。

しかし、哲学的ゾンビーは違います。
哲学的ゾンビーは、分子レベルに至るまで、通常の人間と全く同じですが、意識的体験を持たず、クオリアを感じることもないのです。
哲学者の間では、そのような存在についていろいろな議論がなされているようです。
といっても、そういう奇妙な存在が実際にいるのかどうか、なんてことを議論しているのではなく、哲学的ゾンビーの存在を前提にすると、意識やクオリアについて何が言えるのか、ということをあーだこーだ論じているんですね。
さて、
哲学的ゾンビーがヤンバルの森でアカヒゲを見ると、通常の人間と全く同じような脳内過程が生じます。その結果、喜びの表情で、「きれいな赤だねえ」などと言ったりします。
しかしそれは機械的反応が生じているにすぎません。
が、
哲学的ゾンビーも、
「私たち普通の人間は、意識的体験を持っているし、赤い色を見たら、赤に特有のクオリアを感じるじゃないですか。でも、哲学的ゾンビーはそうじゃないんですよね。」
などと、哲学的ゾンビーについて解説することでしょう。
これが何を意味するかというと、
私たちは、自分自身が哲学的ゾンビーなのか、それとも普通の人間なのか、まるで区別がつかない、ということです。Skokowskiによれば、ですが。
こう言われると、
「いや、そんなことはないでしょ。だって、現に私は意識体験を持っているし、赤い色を見ればちゃんとクオリアを感じるし」
と反論したくなるかもしれません。
でも、哲学的ゾンビーもそういう風に反論するんですよ。
結局、
普通の人間と哲学的ゾンビーについて区別することは不可能で、そんなしょーもないもんについて考えるのはやめましょうよ、
と、Skokowski先生はおっしゃっているのかな、と私は理解しました。
あー難しい。
Skokowski, P. (2002). I, zombie. Consciousness and Cognition, 11(1), 1-9.
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ミュラーリヤー錯視
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ジョウビタキ雌実験
このフラッシュは、画像の記憶に関する実験を行うためのものです。
東大文学部サーバー上で「ジョウビタキ雌実験」として公開しているものと全く同じです。
このブログ上でも動くはずです。
実験方法の説明はフラッシュの中に組み込んであります。
実験は、数分で終了します。
実験が終わるとデータが送信されますが、私には誰が実験に参加しているのかまるでわかりません。匿名で送信されますので。
お気軽にどうぞ。
画像が表示されないなど、何らかの問題が生じた場合、お知らせいただけると幸いです。
東大文学部サーバー上で「ジョウビタキ雌実験」として公開しているものと全く同じです。
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私が娘のことを好きな理由(7)
ジオン公国のエンブレム(国旗?)とイチジョウマンシールの間の類似性を指摘。
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選挙の投票率を上げる方法
コンピュータゲームの画面で、一人称視点の画面と、三人称視点の画面ってのがあるじゃないですか。
一人称視点の画面では、自分がまさにその場にいるかのような映像が表現されます。
それに対して、三人称視点の画面では、自分(=ゲーム中のキャラクター)が、画面内に描かれています。
ところで、自分が体験した情景を思い出すときって、どっちの視点で思い出しますか?本来なら、自分の目に写った情景を思い出すことになるわけだから、一人称視点で思い出すはずですよね。
しかし人間の記憶のメカニズムは面白いもので、実際には見たはずのない、自分自身の姿を三人称視点で思い出すことが出来るんですよね。
例えば、小学生のころ、友達と遊んだ情景を思い出してみてください。実際に記憶しているのは、遊んだ場所(例えば公園)と、その友達の映像のはずです。
しかし、半袖半ズボンの自分自身の映像が脳裏に浮かんできませんでしたか?
自分で自分のことは見ることが出来ないはずなので、そんな「映像」は記憶しているはずがないのですがね。
もちろん、一人称視点で過去の出来事を思い出すことも出来ます。
ここで言いたいのは、どっちの視点でも思い出すことが出来る、ということです。
さて、
同じようなことが、未来の自分の行動について想像する場合にも当てはまります。
例えば選挙の前日。
自分が実際に投票所に行って投票しているところを、まるで実際に投票所にいるかのように想像することも出来るし(一人称視点)、第三者の立場から、投票用紙に候補者の名前を書き込んでいる自分の姿を想像することも出来ます(三人称視点)。
一人称視点であれ三人称視点であれ、基本的には同じ出来事(選挙で投票)を想像しているわけだから、些細な違いだ、と思われるかもしれません。
しかし、オハイオ州立大学のLibbyらの研究によると、自分の未来の行動を、一人称視点で想像するか、三人称視点で想像するかには大きな違いがあるというのです。
Libbyらは、2004年のアメリカ大統領選挙 (George W Bush vs. John Kerry)の前日、オハイオ州立大学の学生さん146名に、実際に投票している自分の姿を想像するように依頼しました。
約半数の学生さんには、一人称視点で想像してもらいました。つまり、イメージの世界に自分自身の姿は見えていません。投票所の情景だけが見えていることになります。
また、残りの学生さんには、三人称視点で想像してもらいました。イメージの世界には、投票所の情景だけでなく、自分自身の姿も見えていることになります。

その結果、一人称視点でイメージした学生さんのうち、実際に投票に行った人は72%だったのに対し、三人称視点でイメージした学生さんは、90%の人が実際に投票に行ったのだそうです。
つまり、
自分自信の未来の行動を、三人称視点でイメージすると、実際にそのように行動する確率が、一人称視点でイメージした場合よりも高かった、ということになります。
Libbyらは、この結果を次のように説明しています。
まず、人間は、物事の原因が、注目している事物にあると考える傾向があるそうです(Storms, 1973)。
さて、一人称視点で未来の自分をイメージすると、その場の情景に注目することになります。
従って、未来の自分の行動は、その場に存在する何か(環境要因)が原因でそうしているのだ、と解釈する人が多くなります。
一方、三人称視点で未来の自分をイメージすると、イメージした情景の中心には自分自身の姿が見えていることでしょう。つまり、自分自身の姿に注目することになります。
そのため、未来の自分の行動は、環境要因ではなく、自分自身が原因でそうしているのだ、と解釈する人が増えることになります。
自分がそうしたいから、あるいは、自分はそのような行動をとるような種類の人間だから、そうしているのだ、と解釈するわけです。選挙の場合だと、自分は選挙権を放棄せず、ちゃんと投票に行くような種類の人間なんだ、と考えることになります。
そのような解釈に後押しされ、実際に選挙当日には投票所に足を運ぶ人が増える。
これが、Libbyたちの説明です。
選挙がある度に、投票率の低さが問題になります。
この対策として、「選挙に行きましょう!」と呼びかける広報が行われていると思うんですが、Libbyたちの結果を参考にすると、「選挙に行った自分自身の姿を三人称視点でイメージしてみましょう!」と呼びかけるのが効果的だと言うことになります。
いや、まあ実際の文句はもうちょっと工夫しないと駄目でしょうけどね(^^;
で、
私自身にとっては投票率の低さはあまり問題ではありません。
むしろこう呼びかける方が重要です。
「瀬山がやっているオンライン心理実験に、自分自身が参加しているところを、三人称視点でイメージしてください…」
Libby, L. K., Shaeffer, E. M., Eibach, R. P., & Slemmer, J. A. (2007). Picture yourself at the polls: Visual perspective in mental imagery affects self-perception and behavior. Psychological Science, 18(3), 199-203.
[おねがい]
このブログで紹介している心理学的現象は、被験者さんたちの協力によって見出されてきたものばかりです。わたしも新現象発見のために、被験者を必要としています。自分がやらなくても誰かがやるから大丈夫でしょ、と思ったらそれは大間違い。
あなたの協力が必要なんです。下のアイコンをクリックすると実験内容を説明しているページが開きます。5分から10分程度の間、簡単なゲームのようなことをしていただいています。どうか御協力ください。

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一人称視点の画面では、自分がまさにその場にいるかのような映像が表現されます。
それに対して、三人称視点の画面では、自分(=ゲーム中のキャラクター)が、画面内に描かれています。
ところで、自分が体験した情景を思い出すときって、どっちの視点で思い出しますか?本来なら、自分の目に写った情景を思い出すことになるわけだから、一人称視点で思い出すはずですよね。
しかし人間の記憶のメカニズムは面白いもので、実際には見たはずのない、自分自身の姿を三人称視点で思い出すことが出来るんですよね。
例えば、小学生のころ、友達と遊んだ情景を思い出してみてください。実際に記憶しているのは、遊んだ場所(例えば公園)と、その友達の映像のはずです。
しかし、半袖半ズボンの自分自身の映像が脳裏に浮かんできませんでしたか?
自分で自分のことは見ることが出来ないはずなので、そんな「映像」は記憶しているはずがないのですがね。
もちろん、一人称視点で過去の出来事を思い出すことも出来ます。
ここで言いたいのは、どっちの視点でも思い出すことが出来る、ということです。
さて、
同じようなことが、未来の自分の行動について想像する場合にも当てはまります。
例えば選挙の前日。
自分が実際に投票所に行って投票しているところを、まるで実際に投票所にいるかのように想像することも出来るし(一人称視点)、第三者の立場から、投票用紙に候補者の名前を書き込んでいる自分の姿を想像することも出来ます(三人称視点)。
一人称視点であれ三人称視点であれ、基本的には同じ出来事(選挙で投票)を想像しているわけだから、些細な違いだ、と思われるかもしれません。
しかし、オハイオ州立大学のLibbyらの研究によると、自分の未来の行動を、一人称視点で想像するか、三人称視点で想像するかには大きな違いがあるというのです。
Libbyらは、2004年のアメリカ大統領選挙 (George W Bush vs. John Kerry)の前日、オハイオ州立大学の学生さん146名に、実際に投票している自分の姿を想像するように依頼しました。
約半数の学生さんには、一人称視点で想像してもらいました。つまり、イメージの世界に自分自身の姿は見えていません。投票所の情景だけが見えていることになります。
また、残りの学生さんには、三人称視点で想像してもらいました。イメージの世界には、投票所の情景だけでなく、自分自身の姿も見えていることになります。

その結果、一人称視点でイメージした学生さんのうち、実際に投票に行った人は72%だったのに対し、三人称視点でイメージした学生さんは、90%の人が実際に投票に行ったのだそうです。
つまり、
自分自信の未来の行動を、三人称視点でイメージすると、実際にそのように行動する確率が、一人称視点でイメージした場合よりも高かった、ということになります。
Libbyらは、この結果を次のように説明しています。
まず、人間は、物事の原因が、注目している事物にあると考える傾向があるそうです(Storms, 1973)。
さて、一人称視点で未来の自分をイメージすると、その場の情景に注目することになります。
従って、未来の自分の行動は、その場に存在する何か(環境要因)が原因でそうしているのだ、と解釈する人が多くなります。
一方、三人称視点で未来の自分をイメージすると、イメージした情景の中心には自分自身の姿が見えていることでしょう。つまり、自分自身の姿に注目することになります。
そのため、未来の自分の行動は、環境要因ではなく、自分自身が原因でそうしているのだ、と解釈する人が増えることになります。
自分がそうしたいから、あるいは、自分はそのような行動をとるような種類の人間だから、そうしているのだ、と解釈するわけです。選挙の場合だと、自分は選挙権を放棄せず、ちゃんと投票に行くような種類の人間なんだ、と考えることになります。
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選挙がある度に、投票率の低さが問題になります。
この対策として、「選挙に行きましょう!」と呼びかける広報が行われていると思うんですが、Libbyたちの結果を参考にすると、「選挙に行った自分自身の姿を三人称視点でイメージしてみましょう!」と呼びかけるのが効果的だと言うことになります。
いや、まあ実際の文句はもうちょっと工夫しないと駄目でしょうけどね(^^;
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Libby, L. K., Shaeffer, E. M., Eibach, R. P., & Slemmer, J. A. (2007). Picture yourself at the polls: Visual perspective in mental imagery affects self-perception and behavior. Psychological Science, 18(3), 199-203.
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本質の見落とし
「アハ体験」という呼び方で広まっている「変化の見落とし change blindness」現象。
「アハ体験」をキーワードに検索すると、さまざまな例を実際に体験できるサイトが見つかる。
しかし、
この現象の面白さを勘違いしているのではないか、と思える例も見つかる。
変化の見落としの面白さは、いわゆる「間違い探し」とは違う。
間違い探しの場合、2枚の画像の間の、ごくごく小さな違いを見つけ出すことが目的となる。
その違いはほんとうにわずかな違いなので、見つけ出すのにとても苦労することになる。
非常に探しづらいわずかな違いを見つけ出すことが出来ると、とてもうれしい。
それが間違い探しの面白さであろう。
これに対して、
変化の見落としの場合は、「違い」の程度がものすごく大きい。
画像内にしめる面積もでたらめに広いし、変化のしかたも非常にはっきりとしている。
通常だったら、そんな違いに気づかないはずがないような変化の仕方をさせる。
それにもかかわらず、変化がじわじわとゆっくり生じたり、二枚の画像が交互に切り替わりながら表示されると、劇的な変化になぜか気づくことができない!
というところが面白いのである。
間違い探しは、探し出せると面白い。
変化の見落としは、探し出せないことが面白い(最終的には探し出せないと面白くないが)。
ごく希に、
画面内の非常に小さな領域を、ほんのわずかに変化させただけのものを「アハ体験」の上級編とか、難関コースなどとして公開しているサイトがみつかるが…それは「間違い探し」に近いものですね(^^;
変化の見落としに関しては、横澤先生のレビュー論文が日本語でわかりやすく読めていいのではないだろうか。
横澤一彦, 大谷智子, (2003), 見落とし現象における表象と注意, 心理学評論, 46(3), 482-500
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間違い探しの場合、2枚の画像の間の、ごくごく小さな違いを見つけ出すことが目的となる。
その違いはほんとうにわずかな違いなので、見つけ出すのにとても苦労することになる。
非常に探しづらいわずかな違いを見つけ出すことが出来ると、とてもうれしい。
それが間違い探しの面白さであろう。
これに対して、
変化の見落としの場合は、「違い」の程度がものすごく大きい。
画像内にしめる面積もでたらめに広いし、変化のしかたも非常にはっきりとしている。
通常だったら、そんな違いに気づかないはずがないような変化の仕方をさせる。
それにもかかわらず、変化がじわじわとゆっくり生じたり、二枚の画像が交互に切り替わりながら表示されると、劇的な変化になぜか気づくことができない!
というところが面白いのである。
間違い探しは、探し出せると面白い。
変化の見落としは、探し出せないことが面白い(最終的には探し出せないと面白くないが)。
ごく希に、
画面内の非常に小さな領域を、ほんのわずかに変化させただけのものを「アハ体験」の上級編とか、難関コースなどとして公開しているサイトがみつかるが…それは「間違い探し」に近いものですね(^^;
変化の見落としに関しては、横澤先生のレビュー論文が日本語でわかりやすく読めていいのではないだろうか。
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知らず知らずのうちに…(3)
前の記事からの続きです。
Barghたちが実験で行ったのは、被験者に、ある主の単語を言語課題の中で読んでもらったり、パソコン画面に瞬間的に表示される顔画像を「見て」もらうといった単純なことでした。
しかし、そのような単純な操作によって、被験者のその後の行動に影響を与えることに見事成功しました。
これに対し、映画のフィルムの中に、コーラの映像を挿入しておくと、コーラの売り上げがアップした、という有名な話には、再現性が無いとのこと。
この違いは何なのか、ということもBarghたちは論文の中で書いています。
Barghたちの実験で測定対象となった被験者の行動は次のようなものでした。
1)別の被験者と会話している実験者に声をかけ、その会話に干渉する(かどうか)
2)実験が終わってから、廊下をゆっくりと歩く(かどうか)
3)実験プログラムにエラーが生じ、それまでの努力が無駄になったときに悪態をつく(かどうか)
これらはどれも、Barghたちが設定した状況下で生じてもおかしくない、ごくごく自然な行動と言えます。
つまり、もともと被験者の行動レパートリーの中に入っていたと考えられます。
一方、映画館のコーラの話の場合はどうか?
映画を見ている途中で、突然立ち上がってコーラを買いに行く(他の観客にとってすごく迷惑!)という行動をとることは、普通はありません。
映画が終わってからコーラを買いに行くというのも、ありそうな行動ではありません。
コーラを買うとしたら、映画が始まる前、座席に着く前が自然です。
つまり、サブリミナル効果などによって、人の行動が影響を受けるとしても、ある場面でとりうる行動の選択肢のどれかが、選択されやすくなる、という程度のことであり、通常なら絶対にとらないような突飛な行動を引き起こすような強い力はないということです。
映画館のコーラの話で、サブリミナル効果によって引き出されると期待されている行動は、通常はありそうにない、「突飛な行動」ということになります。だから、コーラの映像をフィルムの中に挿入したってだめなんだよ、というわけです。
もしかすると、映画館の入り口で、切符を買う段階で何らかの「仕込み」をすれば、着席する前の購買行動に影響を与えることが出来るのかもしれませんが…
こういう知見は、コンピュータゲームなどを排斥したい立場の人から安易に利用されそうな気がします。
「ほら!やっぱり、人間はこんなに簡単に影響を受けちゃうんだから!」
とかなんとか。
しかし、映画館のコーラの話が失敗したことに対するBarghらの解釈からすると、ドラクエをやったからといって、いきなり剣を入手して振り回し始めたり、他人の家に侵入してタンスの引き出しをまさぐる、といった行動が引き起こされるとは考えられません。
もし、ドラクエをやることで、そのような影響を受ける人がいるとすれば、剣を入手して振り回したり、他人の家に侵入してタンスの引き出しをまさぐる、といったことが、
自然な行動レパートリー
の中に入っているような人に限定される、ということになります。
うちの娘の行動レパートリーの中には、そういうのは入っていないし、これからも入ってこないと思うので、ドラクエをやっても問題ないでしょうね。
ところで、別の記事で、お金ないしお金に関する概念を見聞きすると、無意識のうちに人助けをあんまりしなくなってしまう、という論文を紹介しました。Scienceに掲載されたVohsらの論文です。Vohsらの研究と、Barghらの研究は、本質的に同じものを狙った研究といえるでしょう。被験者さんにやってもらった言語課題もほとんど同じだし。
しかし、後から公刊されたVohsらの論文にBarghらの論文は引用されていませんでした。
Scienceのようなトップジャーナルに掲載された論文から引用されると、Barghらの論文の注目度もアップしたでしょうにね。
多分Barghらは、「引用しとけやゴルァ!」と思ったのではないでしょうか(^^
(おわり)
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Barghたちが実験で行ったのは、被験者に、ある主の単語を言語課題の中で読んでもらったり、パソコン画面に瞬間的に表示される顔画像を「見て」もらうといった単純なことでした。
しかし、そのような単純な操作によって、被験者のその後の行動に影響を与えることに見事成功しました。
これに対し、映画のフィルムの中に、コーラの映像を挿入しておくと、コーラの売り上げがアップした、という有名な話には、再現性が無いとのこと。
この違いは何なのか、ということもBarghたちは論文の中で書いています。
Barghたちの実験で測定対象となった被験者の行動は次のようなものでした。
1)別の被験者と会話している実験者に声をかけ、その会話に干渉する(かどうか)
2)実験が終わってから、廊下をゆっくりと歩く(かどうか)
3)実験プログラムにエラーが生じ、それまでの努力が無駄になったときに悪態をつく(かどうか)
これらはどれも、Barghたちが設定した状況下で生じてもおかしくない、ごくごく自然な行動と言えます。
つまり、もともと被験者の行動レパートリーの中に入っていたと考えられます。
一方、映画館のコーラの話の場合はどうか?
映画を見ている途中で、突然立ち上がってコーラを買いに行く(他の観客にとってすごく迷惑!)という行動をとることは、普通はありません。
映画が終わってからコーラを買いに行くというのも、ありそうな行動ではありません。
コーラを買うとしたら、映画が始まる前、座席に着く前が自然です。
つまり、サブリミナル効果などによって、人の行動が影響を受けるとしても、ある場面でとりうる行動の選択肢のどれかが、選択されやすくなる、という程度のことであり、通常なら絶対にとらないような突飛な行動を引き起こすような強い力はないということです。
映画館のコーラの話で、サブリミナル効果によって引き出されると期待されている行動は、通常はありそうにない、「突飛な行動」ということになります。だから、コーラの映像をフィルムの中に挿入したってだめなんだよ、というわけです。
もしかすると、映画館の入り口で、切符を買う段階で何らかの「仕込み」をすれば、着席する前の購買行動に影響を与えることが出来るのかもしれませんが…
こういう知見は、コンピュータゲームなどを排斥したい立場の人から安易に利用されそうな気がします。
「ほら!やっぱり、人間はこんなに簡単に影響を受けちゃうんだから!」
とかなんとか。
しかし、映画館のコーラの話が失敗したことに対するBarghらの解釈からすると、ドラクエをやったからといって、いきなり剣を入手して振り回し始めたり、他人の家に侵入してタンスの引き出しをまさぐる、といった行動が引き起こされるとは考えられません。
もし、ドラクエをやることで、そのような影響を受ける人がいるとすれば、剣を入手して振り回したり、他人の家に侵入してタンスの引き出しをまさぐる、といったことが、
自然な行動レパートリー
の中に入っているような人に限定される、ということになります。
うちの娘の行動レパートリーの中には、そういうのは入っていないし、これからも入ってこないと思うので、ドラクエをやっても問題ないでしょうね。
ところで、別の記事で、お金ないしお金に関する概念を見聞きすると、無意識のうちに人助けをあんまりしなくなってしまう、という論文を紹介しました。Scienceに掲載されたVohsらの論文です。Vohsらの研究と、Barghらの研究は、本質的に同じものを狙った研究といえるでしょう。被験者さんにやってもらった言語課題もほとんど同じだし。
しかし、後から公刊されたVohsらの論文にBarghらの論文は引用されていませんでした。
Scienceのようなトップジャーナルに掲載された論文から引用されると、Barghらの論文の注目度もアップしたでしょうにね。
多分Barghらは、「引用しとけやゴルァ!」と思ったのではないでしょうか(^^
(おわり)
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アハ体験
あまり「アハ体験」という言い方はしたくありませんが…
そのように呼ばれている現象と基本的に同じ事をやっているオンライン心理実験を更新しました。
リンク先のページのピクシーシュリンプ実験がそうです。
JAVAのプログラムなので、このブログ上では動きません。
実験の最後に回答が表示されます。
なぞなぞと同じで、答えがわかっている人が参加しても意味のあるデータがとれません。
すでにピクシーシュリンプ実験に参加したことがあるかたはご遠慮ください。
また、実験の最後に回答が表示されますが、人にばらさないようにお願いしますね。
そのように呼ばれている現象と基本的に同じ事をやっているオンライン心理実験を更新しました。
リンク先のページのピクシーシュリンプ実験がそうです。
JAVAのプログラムなので、このブログ上では動きません。
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なぞなぞと同じで、答えがわかっている人が参加しても意味のあるデータがとれません。
すでにピクシーシュリンプ実験に参加したことがあるかたはご遠慮ください。
また、実験の最後に回答が表示されますが、人にばらさないようにお願いしますね。
知らず知らずのうちに…(2)

Barghたちの実験の続きです。
彼らが行った二番目の実験でも、最初の実験と同様の言語課題をやってもらいました。
ただし、「仕込み」の内容が違います。
実験条件は二つあって、一つは老人条件、もう一つは中性条件です。
老人条件で使った単語は、老人を連想させる次のようなものでした。
Florida, old, lonely,grey, selfishly, careful, sentimental, wise, stubborn, courteous, bingo,
withdraw, forgetful, retired, wrinkle, rigid, traditional, bitter, obedient,
conservative, knits, dependent, ancient, helpless, gullible, cautious, and alone.
Floridaってのが、老人を連想させる単語なんですね。
これは、老後をのんびり過ごそうっていう人たちが、大勢フロリダに住んでいるからってことのようです。日本にはそういう場所はまだ無いと思いますが、広い意味で似た地名をあげるなら、「巣鴨地蔵通り商店街」とか?
さて、老人条件に対して、中性条件では、老人を連想させるような単語は使いませんでした。
被験者が言語課題を終えると、実験者から、
「これで実験は終了です。ありがとうございました。それではお帰りください。」
と言われます。
被験者は実験室を出て、廊下をてくてく歩いて帰ろうとします。
が、
実は実験はまだ終わっていません。
被験者が実験室を出て、廊下を10m歩くのに要した時間が、ストップウォッチで計測されていたのでした。
結果は、老人条件の被験者の方が、中性条件の被験者よりも、歩く時間が長かったということです。
老人条件 > 中性条件
つまり、老人を連想させる単語を見ていた被験者は、まるで老人のように、ゆっくりと廊下を歩いたということになります。
ここで重要なのは、老人条件の被験者が見た単語の中に、「遅い」とか「ゆっくり」といったようなものは含まれていなかったと言うことです。
ということは、老人を連想させる言葉から、老人が持つ特性が更に(無意識的に)連想され、それが行動(歩く)に間接的に影響したと言うことになります。
また、Barghたちの三つ目の実験は、パソコンを使って行われました。
被験者さんにやっていただいたのは、パソコン画面に表示された円の数を数えて、偶数か奇数かを答えてもらう、というつまらないものでした。
しかも、これを10分ほどかけて、130試行もやってもらいました。
実際に実験に参加した被験者さんにとって、この実験はただそれだけのものでしたが、実はここでも仕込みがしてあります。
画面にたくさんの円が表示される直前に、男性の顔が瞬間的に表示されていたのです。
ただし、非常に短い時間しか表示されなかったので、被験者は顔の存在に全く気づいていませんでした。
つまりこれは、映画館でのコーラの話と同じ、いわゆるサブリミナル効果を調べるものになっていたのです。
実験条件は二つあって、一つは、瞬間的に表示される顔が白人男性の顔になっている白人条件、もう一つは、黒人男性の顔になっている黒人条件です。
さて、
被験者が、このつまらない課題を130回も延々と続けると…実験がおわるかと思いきや、画面に突然メッセージが表示されます。
エラーが発生しました。
実験データは記録されませんでした。
もう一度最初からやり直してください。
いままでの10分が無駄になってしまったと言うことですね。
当然被験者さんは、「ガッデーム!」とか何とか言って不満そうな態度をとるわけです。
が、
これが大嘘。
エラーメッセージはあらかじめ仕込まれた物で、被験者がこのときどのくらい不満そうな態度を取るかがビデオで撮影されていたのでした。
結果は、白人条件に比べ、黒人条件の被験者の方が、強い不満を示したと言うことです。
論文中では、不満という言葉ではなく、敵意 hostilityという言葉が使われています。
この実験の被験者には黒人は含まれていませんでしたが、白人がイメージする黒人のステレオタイプとして、強い敵意を示す、というものがあるそうです。
つまり、黒人の顔を瞬間呈示された被験者は、(白人がイメージする)黒人のステレオタイプと同様、強い敵意を示したということになります。
しかも、黒人男性の顔が画面に表示されていたことに、被験者さんたちは全く気づいていなかったわけですから、このような影響は無意識のうちに生じたものだということになります。
結局、三つの実験を通じて、人間の行動が無意識のうちに影響を受けるということがわかりました。
しかも、そのような影響を与えたのは、ただ単語を見せるだけ、とか、意識にのぼらないくらいの短い時間、顔を見せるだけ、というような、非常に単純な操作です。
普通、他人の行動に影響を与えるためには、いろいろお膳立てをしたり、一生懸命説得したりと、かなり苦労するものですが…
ところで、
Barghたちは、被験者さんの行動に影響を与えることにみごと成功したわけです。
一方、映画館のコーラの話、実験条件としてはBarghたちのものとほとんど同じです。
しかし、コーラの方には再現性が無い(観客の行動に影響はない)ということが知られています。
この違いは何なのでしょうか?
(続く)
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